2026/06
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2026/06/06
辺野古事故が「教育基本法違反」認定は、行き過ぎた公権力の介入だ!
2026/06/03
日本の基礎体力回復なしに、円安は止まらない、止められない
● 円安が止まらない、止められない
財務省・日銀は4月以降、11.7兆円を投じて円買い介入した。それでも円は再び160円に迫った。円安は止まらない。外国為替介入が生活者を守る効果には、大きな疑問が残る。
円安の根本原因は、日本の基礎体力の低下だ。政府債務はGDPの260%超。金利が1%上がれば、利払いは数兆円増える。日銀は国債の半分以上を抱え、出口が見えない。潜在成長率は0〜1%台で、利上げに耐えられない。
市場の見方は明確だ。「日本は利上げできない。だから円は弱い」。外国為替介入を繰り返しても円安は止まらない。原油も輸入品も高騰する。物価高が止まらない、止められない。にもかかわらず、消費税減税も遅々として進まない。生活者の懐具合はますます悪くなっている。
国力が落ちているのに、為替だけ支えても無理だ。介入は衰えを隠す厚化粧にすぎない。抜本策にはならない。
● 過去には「十兆円規模の含み益」?
外為特別会計(外為特会)は、介入で差益が出ることがある。損益は為替水準と外貨の評価額で決まる。2011年の14兆円介入では、円安が進んだ。75円から100円超へ動いた結果、約10兆円の評価益が生じたとされる。これは制度の副産物だ。 政府は「利益目的ではない」と説明する。だが、構造は民間なら完全に“投機”だ。
しかも政府には、その結果を公表する義務がない。4月から5月末の11.7兆円の投機的介入の結果も不明だ。物価高に苦しむ生活者がおこぼれを得たという実感もない。
外為特会は依然としてブラックボックスだ。明らかに財政民主主義の欠陥である。
● 役所御用達を求めるのではなく、民間活力の最大化
高市政権は昨年11月、17分野の成長戦略を決めた。規制緩和や大学改革も含まれる。今後は「骨太」に反映され、実行される見通しだ。
しかし、その手法は役人社会主義的だ。中国の「中国製造2025」に近い。国家社会主義的な発想である。要するに、役人主導の“日本株式会社”の焼き直しだ。これでは民間活力の向上は期待しにくい。そもそも、日本のような島国が大陸国家のモデルを真似ても成功しない。
高市政権には、「成長は民間が生む」という視点が弱い。1980年代の技術革新を主導したのは民間企業だった。だが、今回の戦略は役所が監視役、上から目線だ。企業も教育機関も役所御用達として生きることを強いられる。これでは革新は起きない。
必要なのは、民間活力を最大化する環境づくりだ。それに、人口減が深刻なのに、外国人排斥では労働力も消費も確保できない。日本の基礎体力を回復させなければ、円安は止まらない。止めることもできない。このままでは、日本は着実にしぼむのではないか。
3月16日、沖縄県名護市辺野古沖で小型船が転覆し、京都の同志社国際高校の生徒らが死亡した。生徒らは平和学習として、普天間飛行場の移設工事を海上から見学していた。この事故を受け、文部科学省は5月、同校の学習が教育基本法14条2項に反するとして是正を求めた。政治的中立性を理由に教育基本法違反を認定したのは、同法施行(1947年)以来、初めてである。京都府も補助金減額を検討しているが、妥当とは言い難い。
文科省が問題視したのは次の点である。1 船長が移設反対の抗議活動に関わっていたこと。2 事前学習で反対以外の見解を扱っていないこと。確かに高校側には、下見や安全指導を怠った問題がある。だからこそ、まず改善すべきは安全管理と校外活動の体制だ。
しかし、これらを理由に教育基本法違反と断じるのは行き過ぎだ。同法は、戦前の国家奉仕教育への反省から生まれた。文部省が1948年に発行した教科書『民主主義』も、政策が教育を支配することを「大きなまちがいのもと」と警告している。公権力は教育内容への介入を厳に慎むべきである。
教育基本法14条は次のように定める。
(政治教育)
1項 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。
2項 学校は、特定政党を支持・反対する政治教育や政治的活動をしてはならない。
条文を素直に読めば、今回の研修を同法が禁止する「特定政党を支持・反対する政治教育や政治的活動」とみなすのは無理がある。
「政治的中立」の判断には恣意が入りやすい。移設を推進する政府・与党が公正な立場を取れるかも疑問だ。松本文科相は「総合的に勘案した」と述べたが、十分な根拠を示していない。文科省も京都府も常に中立とは限らず、独立した第三者機関の判断でもない。平和憲法を邪魔者扱いし、「戦争できる国」を目指す高市政権。自民一強の政治状況が影響しているとの見方も出る。
同相は「平和学習は萎縮せず進めてほしい」と語った。だが、額面どおりには受け取れない。全国の教員からは「戦争や政治を扱いにくくなる」との声が上がっているようだ。人間教育が背後に追いやられ、教育現場がさらに無機質な受験予備校化するおそれがある。
検定教科書で教育を縛り、政治権力が「政治的中立性」を安易に持ち出す。その結果、教育現場は萎縮し、教員志望者はさらに減りかねない。
投票年齢が18歳に下がった今、「政治的教養」を育てる学びは一段と重要だ。14条1項が求める教育の核心でもある。 安全を確保した上で、戦争と平和を目で見る学びを守らなければならない。その機会を失えば、歴史の実感は薄れ、判断力も育たない。
過度な管理教育は、必要以上にリスクをおそれる国民を生む。その結果、チャレンジ精神は育たず、社会の活力が落ち、国力を削ぐ要因にもなりかねない。