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<title>PIJ Web BLOG</title>
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PIJ Web BLOG - RSS (RDF Site Summary).
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<title>2023年4月15日：最高裁の「闇」を暴いたNHKのETV「誰のための司法か〜団藤重光 最高裁・事件ノート」は見ごたえがあった</title>
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<description>1969年12月、大阪空港公害訴訟で、航空機騒音に苦しむ住民が国を訴えた。この訴訟は、公害で初めて国の責任が問われた。住民は、「夜間の飛行停止の差止」を求めた。２審の大阪高裁では、差止の訴えを認め、住民が勝訴した。ところが、最高裁は、一転し...</description>
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<p>1969年12月、大阪空港公害訴訟で、航空機騒音に苦しむ住民が国を訴えた。この訴訟は、公害で初めて国の責任が問われた。住民は、「夜間の飛行停止の差止」を求めた。２審の大阪高裁では、差止の訴えを認め、住民が勝訴した。ところが、最高裁は、一転して、1981年12月、住民の差止の訴えを退ける判決をくだした。</p>
<p>NHKのETV「誰のための司法か〜団藤重光 最高裁・事件ノート」は、この逆転劇、最高裁判決にいたった過程を丹念に検証したものである。最高裁の「闇」「ダークサイト」「判決の闇取引」を暴いた最高傑作の１つではないか。</p>
<p>この番組では、東大教授（刑法学者）から最高裁判事へ転じた故団藤氏の残したノートをもとに、当時の関係者からの証言を得て、どうして、こうした行政追従の消極司法の姿を露わにする判断にいたったのかを読み解いている。</p>
<p>1981年の大法廷判決にいたる以前は、小法廷の担当裁判官の間では、大阪高裁の判決を踏襲し、差止を認め、住民勝訴のシナリオが決まっていた。ところが、国（法務省）側は、このシナリオを察知し、判決が出る前に、この裁判を、小法廷から大法廷へ切り替える画策をした。</p>
<p>法務省・検察は、検事出身の前・元最高裁長官などを動員し、最高裁へ直訴状提出や電話などで攻勢をかけた。その結果、事件を大法廷へ回付することに成功し、１年半くらいの判決延期の「時間」稼ぎができた。この「構成員の拡大」「時間」の経過に伴い裁判官の入れ替えが進み、そして最初のシナリオは覆った。</p>
<p>団藤ノートには、その過程に関する詳細なメモが記されていた。当時の最高裁長官が、事件担当の裁判長裁判官を長官室へ呼ぶ。その部屋で、法務省出身の前長官からかかってきた電話をその裁判長裁判官に取り次ぐ。・・・・・団藤ノートには、こうした画策は、裁判官の独立を侵すものであるとして、怒りの言葉がつづられていた。　</p>
<p>団藤ノートには、最初のシナリオが覆り、老齢な原告団が陣取る大法廷の前で、原告の訴えを退ける判決を読み上げる大法廷裁判長への感情も綴られていた。団藤氏は、よほど忍び難かったのであろう。</p>
<p>多数者の声が支配する行政に蹂躙された少数者が司法に救いを求めた。にもかかわらず、その声に真摯に応えられない最高司法権力。団藤ノートからは、法務省・同省出身裁判官などが陰ひなたで暗躍し、行政追従、消極司法へ転落していく裁判所の姿を読み取ることができる。</p>
<p>興味のある人は、NHKアーカイブスで視聴できるのではないか！</p>
<p>最高裁第１小法廷は、2023年3月9日、裁判官全員一致の意見で、市民のマイナ違憲の訴えを上告不受理で退け、「合憲」のお墨付きまで与えた[最高裁判決令和5年3月9日判決・令和4年（オ）第39号]。</p>
<p>最高裁は、名ばかり三権分立、行政追従の消極司法の顔を露わにした。司法は、やはり「国家権力」なのだ。「三権分立」は、国家権力を３つに分割してデザインしているだけである。司法が、独立して権力を行使してくれるはず、との「夢」をいだくのもわからないでもない。こうしたナイーブな人たちには、前述の団藤ノート、最高裁の判決の闇取引を暴いたNHK/ETVの報道番組が、リスキリング（学び直し）の教材になる。</p>
<p>確かに、ナイーブな市民感覚は大事である。だが、マイナは「民事」ではない。「諫早」などと同じで、国家の統治が絡んでくる。司法が「柔」な判断をするはずがない、国家権力がむき出しになる。ミャンマーや中国、ロシアなどの司法と同じ顔になる。</p>
<p>ずっとマイナ違憲裁判闘争はいい加減にして欲しいと願っていた。最高裁が「合憲」と判断するのがわかっているのに最後まで突っ走る。反マイナでサステナブル（持続可能）な闘いを望む者には迷惑である。身勝手なカミカゼ戦法は時代に合わない。「合憲」「違憲」をはっきりさせないで賢く闘う戦略を採って欲しかった。</p>
<p>今の最高裁に自衛隊は違憲か合憲か問うたらどうだろう。ためらいなく「合憲」と言うかも知れない。「高度の政治性を有するので司法審査になじまない」（統治行為論）などと柔な説教はしないのではないか。</p>
<p>司法が、マイナポータルは合憲に次いで、自衛隊も合憲と判断するとなると、どうだろう。このご時世では「徴兵制度」復活も、保守政権には心躍る仕事になるのではないか？マイナ保険証資格確認オンラインシステム（Mシステム）は、たちまち若者の自動徴兵システム、自動赤紙発券装置に様変わりするのは目に見えている。</p>
<p>専制主義国家のロシアにならって、赤紙はネット配達、徴兵忌避者を政府サイトに公表し、「非国民」「国賊」として、追い詰めるかも知れない。これも、司法に判断を求めたら、合憲とするかも知れない。</p>
<p>大半の憲法学者も、いまや"行政忖度組・喜ばせ組”である。「学生を戦場に送らない！」のような気概はない。「自分が戦場に行かない(-_-;)」では必死になるかも？？あげくのはて「合憲か違憲かは、対話型生成AI、チャットジプティ（ChatGPT)に聞いてくれ！」と、驚くべき発言をするかも？</p>
<p>いずれにしろ、今の司法に、絶対に「自衛隊は合憲や違憲か」を問うてはいけない。国家権力の一部である司法に、「ノンポリ（政治的中立）であれ！」など変な期待はしない方がいい。何事についても深読みが要る。</p>
<p>いまや立法府も「悪いことしていなければ、マイナカードで国民監視されても怖がることはない」のトーンである。既存政党頼み、他力本願では、願いは成就できない。</p>
<p>マイナ要らない運動も、もはや「ゼロマイナ」のムシロ旗・竹やり作戦では闘えない。</p>
<p>自力本願、新党の立上げで、自らが立法の場に打って出ていき、国・地方の立法府でマイナパンデミック退治に乗り出す力量と行動が求められている。</p>

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