2011/08/03

政府の「社会保障・税番号大綱」へのコメント:「国民すべてを犯罪者にしかねないおぞましい番号構想は御免だ」

2011年8月3日

            PIJ共通番号・共通ICカード問題検討委員会

政府は、6月30日に「社会保障・税番号大綱」(以下「共通番号大綱」)を発表した。PIJのコメントを公表する。


《共通番号大綱の骨子》

・共通番号は、まず年金、医療、福祉、介護、労働保険の社会保障分野と国と自治体の税務、震災分野で利用する。

・将来はその他の行政サービスにも対象範囲を広げる。

・付番は、(1)国民一人ひとりに一つの番号が付与されていること(悉皆性)、(2)全員が唯一無二の番号を持っていること(唯一無二性)(3)「民―民―官」の関係で利用可能なこと、(4)目で見て確認できる番号であること(可視性)、(5)最新の基本4情報が関連付けられていること、の5つの特性を併せ持つ番号を使用する。

・出生時に個人に割り当てる番号は住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を利用した新たな番号とする。住基ネットとは別途の新たな共通番号生成機関を創設し、自治体を通じて交付する。番号の通知を受けた者は変更を請求できる。不当は目的で番号の告知は禁止する。虚偽に番号に告知は禁止する。所管は総務省とする。

・災害時等を除き、番号のみで本人確認をしてはならない。

・正当な理由なしに、本人確認等義務、告知義務、告知要求制限、虚偽告知禁止に違反した場合には処罰される。

・行政機関、自治体、関係機関の職員等や番号取扱事業者やその従業者等は、番号にかかる個人情報について守秘義務を負う。また、当該者以外の者は、業として番号を使ったデータベース等を作成してはならない。さらに、番号取扱事業者やその従業者等は、業務上知り得た番号を不当な目的に利用、記録、保管してはならない。

・個人の番号は、共通IC(ID)カードの券面等に記載し、可視化(見える化)公開し、見える番号を取引の相手方に提示して使う方向で検討する。ただし、本来に目的を離れ、みだりに公開・流通することのないように検討する。

・中長期の在留者や特別永住者ら居住外国人も対象とする。

・法人や法人税の納税義務を負う任意団体(市民団体など)には、国税庁が「法人番号」を付与する。法人番号は、広く一般に流通させ、官民を問わず幅広く利活用する。簡単に番号検索・閲覧等ができるようにする。

・本人確認には、券面等に番号を見えるかたちで記載した共通IC(ID)カードを用い、年金手帳、医療保険証、介護保険証の機能を一元化する方向で検討する。


《国民すべてを犯罪者にしかねない政府のおぞましい総背番号構想》

共通番号【国民背番号】の導入は、その使い方次第では、個人情報や番号情報漏えいのリスクと隣り合わせの社会をつくることになる。

とりわけ、共通番号を納番(納税者番号/所得把握)や各種社会保険番号などに使うことは、共通番号を可視的な番号、つまり公開して“目に見える形”で使わざるを得ず、提示した番号あるいは番号付個人情報が筒抜けになる危うさをはらむ。また、ネット取引全盛の今日、ネット空間にマスターキー(納番=共通番号)付情報が垂れ流しになるのも必至である。成りしまし犯罪者の餌食になるのが目に見えている。

住基カードの成りすまし申請や取得・濫用が散見される。だが、住民票コードがなりすまし犯罪に使われた事例は報告されていない。これは、住民票コードが、原則として“住民本人と行政機関だけが知ることのできる性格の番号”だからである。

個人の「納番」についても、多くの国々で採用する方式は、“納税者本人と課税庁だけが知ることのできる性格の番号”である。つまり、番号を公開して使っておらず、わが国の税務署が付番する現行の“納税者整理番号”と同じものだ。

したがって、仮に納番が要るとしても、一般に公開して汎用する共通番号ではなく、現在ある納税者整理番号を整備し、納税者の所轄税務署が変わっても番号が変わらないようにすれば、それで足りる。この方が、共通番号を個人の納番に転用するよりは、情報セキュリティ上も格段に安全である。

財政当局からすれば、見える納番を導入し、その利用範囲をできるだけ広げて、監視を強めれば、税の増徴につながると考えるかも知れない。だが、消費者や従業員などから提示を受けた番号付き支払調書を税務当局などに提出する場合に求められる事業者などに発生するシステム開発費やコンプライアンスコスト(納税協力費用)、さらには情報セキュリティコストがかさむ。

共通番号大綱では、刑事罰を科して「共通番号に関わる個人情報」を保護するとしている(36頁以下)。しかし、一般に公開して汎用する共通番号情報の目的外利用などに「厳罰」を科して一体だれを護ろうということなのであろうか?何か勘違いしているのではないか?

セキュリティは、複数の限定分野別の番号システムを整備することで十分確保できる。すでに住基ネットがあり、各限定番号は住民票コードで実質的に紐付け(リンケージ)可能である。危険な共通番号も厳罰も要らない。

こうした「厳罰」をベースとした政府の構想では、かつてのヤミ米規制のようにザル規制となるか、逆に企業や税理士などがちょっとしたミスで「厳罰」に処されかねない怖い番号制になるかだ。税理士は有期刑で資格がはく奪される。会社の経理や総務は、誤って共通番号を漏らすと犯罪者扱いされ、終いには首になる。これでは、怖すぎて他人の番号にはさわれない。

共通番号大綱のサブタイトルが「主権者たる国民に視点に立った番号制度の構築」とは、笑ってしまう。まさに、発想が貧困で、頭でっかち、未熟で世の中知らない連中が机上の空論としてまとめあげた使い勝手の悪い幼稚でおぞましい番号制ではないか。「国民すべてを犯罪者にしかねない番号制」など誰も望んでいない。


《番号制のモデル》

世界的にみると、番号制モデルは、大きく次の3つに分けられる。

(1)「セパレート・モデル」(分野別に異なる番号を限定利用する方式。ドイツ)

(2)「セクトラル・モデル」(秘匿の汎用番号から第三者機関を介在させて分野別限 定番号を生成・付番し、各分野で利用する方式。オーストリア)

(3)「フラット・モデル」(一般に公開〔見える化〕されたかたちで共通番号を官民幅広い分野へ汎用する方式。アメリカ、スウェーデン)


《貧困な発想に基づく危険で幼稚な番号制は要らない》

政府・民主党政権は、フラット・モデルの共通番号を使って国民一人ひとりの生活を生涯にわたり隅々まで管理することで、社会保障と税の負担の公平を実現できると構想する。しかし、国民すべてが、個人情報を放棄し国家が個人に過度に関与することをゆるす、過保護国家(nanny state)、データ監視社会(dataverance society)の道を望んでいるわけでない。また、アメリカやスウェーデンのように、共通番号を濫用した成りすまし犯罪者天国になる可能性も高い。

共通番号制【国民背番号性】や共通IC(ID)カード制【国民登録証制】の導入については、行政の効率性や利便性を優先し、濫用を監視する第三者機関をつくり一定のプライバシー保護措置を講じればゆるされるとの主張(情報セキュリティ論)もある。だが、行政の効率性や利便性は、国民の人権が確実に保障され、かつ、国民がデータ保護にかかる受忍義務違反などを容易に問われることのないことを前提に議論される必要がある

ドイツでは、共通番号制は憲法違反の論調である。独立した第三者委員会(データ保護監察官)が設置され、分野別に異なる番号を利用している。すなわち、公的年金、医療・介護、雇用保険、納税等と分野別に異なる番号を限定利用する方式(セパレート・モデル)を採用する。「監視社会」化を防ぎ、国民のプライバシー保護を優先するためである。

わが国は「番号社会」である。無数の分野別の限定目的利用の番号が存在する。番号管理の必要性を否定する者はいまい。だが、見える化して汎用する共通番号は要らない。違憲の疑いも濃い。「厳罰化」で違憲の疑いが晴れるわけはない。

仮に番号制の整備について国民のコセンサスが得られたとしても、セパレーツ・モデルないしセクトラル・モデルを模索すべきである。

セパレート・モデルの番号制は「非効率」との意見もある。しかし、この最低限の「非効率」こそが、国民の自由権や成りすまし犯罪者から国民を護る砦となる。また、セクトラル・モデルの番号制を構想するとしても、わが国ではすでに住基ネットがあり、各限定番号は住民票コードで実質的に紐付け(リンケージ)可能である。「システム(分野別番号)で完全・安心」を確保すべきなのに、「厳罰で安全、安心??」の官憲的な構想。誰もが犯罪者にされかねないおぞましい共通番号は要らない。

共通番号大綱では、共通番号の濫用を監視する第三者機関の設置を提案している(48頁)。しかし、省庁の諮問機関的な性格の委員会(国家行政組織法8条委員会)の設置を模索しているように見える。セパレーツ・モデルを導入するにしても、公正取引委員会のような独立性の強い国家行政組織法3条委員会が必置となる。この点をぼかすであれば、国民・納税者は成りすまし犯罪や番号の目的外利用、垂流しなどの苦情を、簡易に駆け込み救済を求めるのも難しいわけで、セパレーツ・モデルの番号制の導入ですらその基盤がないといえる。

政府が構想する「一般に公開して汎用する一方で、厳罰で濫用規制をしようとする恐怖の共通番号制」は、国民にとっては、まさに「想定外」、「御免」である。完全に方向を見誤っている。必ずや「負の遺産」となるはずだ。こんな国民不在の総番号制の導入を絶対にゆるしてはならない。