2010/07/08

人権尊重が求められる国交省のフルボディスキャナー実証実験

  PIJフルボディスキャナー検査問題検討委員会

◎米機爆破未遂事件では、テロ容疑者が爆発物を下着に縫い込んで、空港の金属探知機をすり抜けた。これが大きなきっかけとなり、これまでの「金属探知」や「ボディチェック(pat-down)」では不十分ということで、世界各地の空港で、乗客や搭乗員の人体全体へ電磁波を照射し、“全身透視画像を撮って検査する機器(フルボディ・イメージング・マシン)”が導入されてきている。この機器は、「フルボディスキャナー(full body 【whole body】 scanners)」と呼ばれる。

◎国交省は、7月5日から9月10日まで、成田国際空港で、フルボディスキャナー検査の実証実験を開始した。実証実験計画を読むと、実施に先立ち、被検者である個人、乗客のプライバシーについては、かなり慎重な検討がなされていると見てとれる。だが、この透視検査では、人体全体へ電磁波を照射し、“個人の全身(あるいは全裸)の3次元画像”を取り扱うことにつながる。乗客には、嫌悪感が極めて強い検査方法である。

◎今回は実証実験だが、それでも、この検査方法に対する乗客の感情などを勘案したうえで、かなり慎重な運用が求められる。事実、アメリカなどでは、女性乗客がフルボディスキャナー検査で「侮辱を受けた」という苦情が、空港当局へかなりの数で寄せられている。

◎また、アメリカ、カナダなど各国のプライバシーを守る市民団体は、「この検査方法はプライバシーの侵害にあたる」あるいは「人種差別につながる」などの理由で、フルボディスキャナーの利用を止めるように訴えている。

◎イギリス政府の平等・人権委員会(Equality and Human Rights Commission)も、空港でのフルボディスキャナー検査に慎重な姿勢を明らかにしている。この検査方法が、プライバシー侵害に加え、特定国出身者などへの人種偏見を助長したり、信教の自由を侵害することにつながる怖れも強いというのが主な理由である。

◎フルボディスキャナー検査では、電磁波を人体全体へ照射することになる。ここで照射する電磁波は、ミリ波(テラ波)で、人体にはほとんど影響がないとされる(PIJは安全性についての科学的根拠を確認できていない)。X線とは異なり、安全性は高いとされる。危険なX線の照射ではないとはいうものの、透視をねらいに電磁波を「人体全体へ照射する」ということで、健康への不安感は強い。とりわけ、妊娠している女性などへ不安を与えるものであってはならない。

◎女性乗客へ妊娠しているかどうかを問うことも一案であるが、そもそも妊娠しているかどうかは本人の高度のプライバシー【センシティブ情報】である。ある意味では、医療情報などと同類とみてもよい。したがって、フルボディスキャナー被検者の選択において、女性乗客に妊娠の有無を申告させること自体、慎重でなければならない。

◎これまでの検査方法とは異なり、フルボディスキャナーによる透視検査では、“個人の全身(あるいは全裸)の3次元画像(three-dimensional images of individual’s naked bodies)”を取り扱うことにつながる。乗客の嫌悪感、恥辱感、プライバシー流出などへの不安感はすこぶる強い。事実、アメリカにおけるフルボディスキャナー検査に対するクレイムの大半は、女性乗客からのものである。透視のためにミリ波などを全身に照射し、全裸にして検査することに対する被検者の嫌悪感、羞恥心への配慮不足に起因している。

◎フルボディスキャナーによる透視検査で検知される画像情報は、見方によっては、医療情報と同じような本人の高度のプライバシー【センシティブ情報】である。「テロ防止・安全対策」という“利益(法益)”と、「乗客個人のプライバシー権」の保護とのバランスのとれた対応が求められている。

◎“性悪説”、つまり、乗客全員がテロリストと仮定してのフルボディスキャナー検査の広範な利用には異論がある。とりわけ、テロの可能性がほとんどない状況で、恒常的にフルボディスキャナー検査を実施し、乗客に対して一方的に受忍義務を課すのは、問題が大きい。「テロ防止・安全対策」上の“必要益”を著しく越え、「乗客個人のプライバシー権」上の“保護法益”を不当に侵害するものといえる。こうした運用はゆるされないものと解される。

◎最高裁は、判決で「みだりに撮像(撮影)されない権利」、つまり「肖像権」を認めている。一般に、肖像権は広い意味でのプライバシー権の一部と解されている。フルボディスキャナー検査では、原則として“記録映像”は残さない、消去するとしている。また、女性の検査は女性の検査者が担当するとしている。しかし、電磁波を全身の照射し、被検者の高度の全裸画像を撮像し、検査することは、実施の仕方次第では、本人の肖像権、プライバシー権の侵害につながるおそれも出てくる。 

◎公的機関や民間機関が市民に個人情報の提供を求める場合には、事前に「本人の同意」を得ることがプライバシー法上の鉄則である。したがって、仮に正式にフルボディスキャナー検査を導入するとした場合には、被検者の事前の同意を得る仕組みをどのように構築するかは重い課題となる。

◎レギャラーに航空機を利用している乗客などは、爆発物を機内に持ち込む可能性はほとんどないことは、搭乗履歴などから容易にチャックできるはずだ。こうした乗客については、従来に金属探知・ボディチェックで十分であろう。また、フルボディスキャナー検査を本人が望まないならば、当然、従来の検査方法の選択が許されてよい。「いやな奴は乗るな」といった荒っぽい理屈で済まされることではない。

◎フルボディスキャナー検査システムの“見える化”をさらにすすめ、この「システムの運用を常時“乗客・市民が検査”できる体制」をどう確保するかが最大の課題である。法制上の根拠もなく、市民に不透明なかたちで安易にこうした検査方法を正式に導入し、まじめな乗客・市民のプライバシー権を危殆に陥れることは許されない。

◎憲法13条【個人の尊重】は、「すべての国民は、個人として尊重される。」と定める。また、憲法31条【法的手続の保障】は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科されない。」と定める。フルボディスキャナー検査システムの運用の仕方次第では、違憲となる疑いも出てくる。

2010年7月8日