2024/11/08

トランプショックとアメリカ税務行政の行方

米大統領選は、選挙モンスター、トランプの大勝利だった。この結果には、アメリカのみならず、世界の民主勢力には大きなショックを受けた。リベラルなニューヨーカーのなかには、アメリカ政治に失望し、カナダなど他国へ移住したいという人まで現れている。

大統領選挙の投票日が近づくにつれて、NYタイムズを除き、主要新聞が次々と「沈黙」し出した。今回のハリスの大負け、メディアには、想定の範囲内だったのかも知れない。

衰えを隠せない現大統領の姿は、強いアメリカを求める民衆には、マイナスのインパクトが強すぎた。一方のトランプは、同じくらいの年齢でも、マッチョで、発言も、失言も、力強い。

連邦議会民主党が、衰えの隠せない現大領領に、「バイバイ、バイデン」ができなかったことが一番の敗因ではないか。バイデンが早めに次期大統領職のシートを手放し、ちゃんと予備選をやっていれば、結果は異なっていたのかも知れない。

バイデンのパートナーのハリスは、元検察官で「法の支配」に終始。経済の話になると、無難な答えをするので精一杯。日本では、裏金問題追及だけで票が集まる。だが、アメリカは違う。大領領選では、経済や税財政政策で説得力をもって語れないと、大きな弱点になる。バイデン政権は、イスラエルやウクライナに大量の武器を送った。ところが、制限付きとかで中途半端。死者なしで戦争を終わらせる政策がない。そのかげで「インフレで中産階級の生活は火の車」。民意が、彼女に「ノー」をつきつけた最大の理由の1つであろう。

民意は、トランプがベストとはいえないが、バイデン政策の承継ではなく「チェンジ」を求めたのであろう。民意は、当面「人権より、生活、パン」ファーストを求めたのは確かだ。しかし、いずれ生活者がこの投票行動のつけをは払わされことになるになるかもしれない。自己中のトランプと自己中の投票をした生活者、どちらに勝ち目があるのだろうか。2年後の連邦議会議員の中間選挙の結果を待つしかない。

「有色人種、しかも女性、大統領職、軍の最高司令官職は、任せるわけにはいかない!」の隠された民意が票に現れたのこともあろう。男尊女卑、白人至上主義、キリスト教の良妻賢母のような込み入った流れが圧倒してしまったのかも知れない。とりわけ、中西部の白人、全国の黒人男性には、「黒人の女性が大統領になる」のには、抵抗感が強いようだ。こうした傾向は、世論調査などを見ればわかる。白人のヒラリー・クリントンでもガラスの天井を打ち破ることができなかった。アメリカの有権者は、女性、しかも有色人種、の大統領を受け入れる心構えができていないということだろう。いいかえると、トランプは、2回とも、女性候補に助けられたということだ。男性のバイデンには勝てなかったわけだから。

ということは、本当のところ、男社会の実態は、アメリカも、日本とあまり変わらないのかも知れない。

カマラは頑張った。だが、アメリカの隠された男社会の岩盤を突き崩せなかった。次回の大統領選でも、カマラの再登板は至難であろう。

白人至上主義、有色人種排除の動きが強まり、さらに分断が進むのは必須だ。トランプ政権では、白人優先の閣僚人事が進むのではないか。

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さっそくカリフォルニア州(加州)のギャビン・ニューサム知事が、トランプの政策に反旗!!をあげた。「加州と民主主義を守るために闘う!」がキャッチだ。

トランプは、地球温暖化対策を掲げるパリ協定を脱退し環境保護には後ろ向きの姿勢を貫いている。彼は、選挙戦で、環境保護ファーストのリベラルが支配する加州には、山火事が起きても連邦予算を付けないと揺さぶった。

しかも、ハリスもバイデンも早々と敗北宣言をした。結果、法の支配を散々無視してきた暴れん坊のトランプを無罪放免にした。赦すことは大事である。2人とも、潔しで、お行儀もよい。だが、「ワイルドウエスト」の伝統のある加州のトップとしては、赦す、赦されることで一件落着を急いだ2人に相当ショックを受けたのではないか。いま、ニューサムは「怒りのランボー」常態だろう。

白人そして男性のニューサムが、4年後の民主党の大統領候補の一番手になるのではないか。ニューサムは、最近、加州議会がAI規制法を成立しようとしたのに拒否権を行使した。左派・リベラルのカラーを薄めようと懸命だ。産業界寄りの姿勢も見せて、支持層の拡大に努めている。

ニューサムは、トランプの後釜としては、最適な人材に1人だと思う。ただ、トランプのような選挙モンスターではない。ニューサムは「加州と民主主義を守るために闘う!」ことで、タフガイで、全米に注目され、民意をつかめる選挙モンスターに成長して欲しい。世界の大国アメリカのリーダーとして安心して投票できる大統領候補になって欲しい。

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トランプの再登板で、アメリカ(連邦)の税制や税務行政はどうなるのか。

不動産業界出で減税大好きのトランプ租税政策の大黒柱は、現行の法人税率21%から15%への引下げだ。イーロン・マスクマスク氏が率いるテスラのような大企業は潤うことになる。(余談だが、トランプとマスクは、どちらも唯我独尊、いずれは仲たがいかも知れない。)

トランプは「減税」ファーストの一方で、アメリカの産業/労働者を保護するために「関税」大幅引上げを叫ぶ。ただ、アメリカの生活者は、安価な外国産品で潤ってきた。関税の大幅引上げは輸入品価格が大幅上昇につながる。関税引上げで、確かに国庫には大きな税収が転がりこむ勘定になる。だが、生活者には、実質3〜5%の連邦消費税を導入するに匹敵する増税になるとの試算もある。生活者には大きなマイナス効果が及ぶ。生活者はインフレに苦しむ結果になるはずだ。

バイデンの税務行政政策の基本は、税務調査強化で税収をあげる、というものだ。トランプの返り咲きで、これまでのバイデンの税務調査強化策はストップするはずだ。

アメリカは、スポイルシステム(猟官制)を敷く。選挙だ勝った政党が、政府官職のポストを総取り(政治任用)する仕組みだ。連邦課税庁(IRS/内国歳入庁)のトップは政治任用なので、変わる。IRSの予算は大幅に削減されるだろう。IRSの組織も大きく変わり、ダウンサイズ化が進むだろう。

それに、納税者(とりわけ富裕層)の権利利益は今以上に保護されるはずだ。わが国では、概してリベラルが減税・納税者の権利保護を叫ぶ。ところが、アメリカでは真逆だ。保守が減税・納税者の権利保護を叫ぶ。

いずれにしろ、IRSの無人化、税務のデジタル化で、徴税コストの大胆な削減、IRSの「解体的」な合理化に進むのではないか。

IRSは、2024年15日にはじまる2023課税年分の個人所得税の確定申告から、記入済み申告(pre-filled tax return system)を、ダイレクトファイル(DF)の名称で本格導入する。バイデン政権は、記入済み申告導入で納税者を煩雑な確定申告から救い出せる、という考えだからだ。給与所得や年金所得など、簡潔な確定申告をする納税者は、IRS のウエブサイトにログインし、スマホの画面を見ながらIRSが作成した申告データに同意すれば、ワンクリックで確定申告を終えられるようになる。

これまでの電子申告システム(e-file)では、市販の税務申告ソフトを使う。ところが、新たに導入されたダイレクトファイル(DF)は違う。納税者は確定申告に市販の申告ソフトを使う必要がない。無償、官製/官営のシステムだからだ。民間の税務申告ソフト業界からすると、まさしく、官尊民卑のシステムに映る。

民間ファーストを唱える議会共和党は、民間の税務申告ソフト業界益の擁護に熱心だ。連邦議会共和党が、大統領職に加え、議会上下両院の過半数を制し、“トリプルレッド”になる可能性が極めて濃厚だ。次期トランプ政権下、議会共和党は、無償のダイレクトファイル(DF)のエスカレート利用にストップをかけ、税務申告ソフト業界益を保護に動くのではないか?

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上品ではないトランプの返り咲きは、品位を大事にするアメリカ人には大きなサプライズだ。それに、いまだ人種、ジェンダーの壁はとてつもなく分厚いと感じる。「勝てば官軍、負ければ賊軍」の言葉は、今後アメリカでも広く通用しそうだ。

不動産業界出、唯我独尊のトランプ再登板で「破壊こそ建設なり」の大きなウエーブが起きるのではないか?西欧型民主主義のフロントランナーのアメリカが、権威主義国家、独裁者主導国家に変容することが危惧される。

グローバルに見ても、今後数年は、政治倫理、国際協調よりも、弱肉強食、マネーファーストで経済的強者が威張りちらす、資本主義丸出しの時代が続くのではないか。